今回は知的財産業界で有名な特許侵害訴訟事件「切り餅特許事件(平成21年(ワ)第7718号特許権侵害差止等請求事件)」をご紹介します。
皆様も馴染み深い「切り餅」に関する事件です。
特許権者側である原告は越後製菓株式会社、被告は佐藤食品工業株式会社です。
下記は特許権が付与された発明に係る図面です。
きわめて簡潔に説明すると、餅の側面に切り込みを設けたことで特許が付与されました。
従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し)、焼き網に付着してしまうという課題がありました。この特許発明によれば、切り込みを設けていることで、これまで制御不能だった噴き出し位置を特定することができる等の効果が得られるとの事です。
次に、下記は特許権侵害であると訴えられた餅に係る図面です。
上図の餅にも、側面に切り込みが設けられていることが確認できます。
この事件は、東京地裁、知財高裁で争われた結果、特許権侵害が認められました。認定された損害賠償額は約7億8千万円です。
今となっては側面に切り込みが入った餅は広く一般に知られていますが、越後製菓株式会社が特許出願した当時(平成14年)は一般に知られておらず、新規性と進歩性を有する発明であったということになります。
「このような発明が特許になるなんて」と思われる方も多いと思いますが、特許の技術的範囲を規定する「特許請求の範囲(請求項1)」は次のように表現されています。
(特許請求の範囲(請求項1))
焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,
この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,
焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。
いかがでしょうか?実物を見れば簡単と思われるような発明も、特許を取得する際には表現が非常に難しくなるケースが圧倒的に多いです。主な理由としては、特許の技術的範囲を可能な限り広げるため、特許法第36条に規定される要件(特許請求の範囲が明確であること等)を満たすためです。
今回ご紹介した切り餅特許事件は、東京地裁では原告が負けましたが、その後の知財高裁では判決が覆って原告の勝訴が確定しました。
このような事実を含め、本事件は様々なテーマを含んでおります。
我々弁理士にとって、特許請求の範囲の書き方を考察するうえできわめて重要な事件として位置づけられています。